もっとのびのびと


新春毎年恒例のだんなさん系お墓参り &神社めぐり


ゆの里で温泉に入り、水を汲みー仕事関係者からの紹介の霊能の方におそわっただんなさんのマイ神社参拝ー熊野本宮大社に参拝ーだんなさんのご先祖様のお墓まいり。

今年は義母からご先祖様のもうひとつのお墓の場所も聞いたご先祖様にも参りました。そのお墓のたたずまいや亡くなったご先祖様のお名前から読み解けることがたくさんありました。これは個人的経験から独断に感知した見解で、科学的根拠はひとつもないのですが、家系の霊線をたどっていくと、その霊線にある波動がひらいて発動し、自分自身がより自分らしくなっていくということはあるのだろうなと感じます。

ご縁は、生きている人間同士だけのものではなく、すべてのものにあって、誰でも、正直に生きるようになると、魂の透明さがまし、あらゆるものとつながるようになり、目に見えない関係にもご縁が発動し、信頼は、亡くなった方々との縁にも呼びかけると呼応するということが起きるのではないかと思います。

夜は神倉神社で男性のみ参加のお燈祭りー伊勢では豊受大神宮と内宮に参拝。去年から礼服で御垣内参拝を。

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ことしは選挙中になんども出てしまう、原口一博さん。

都議選中石丸さん動画をみてから、原口さんの動画をみるようになった自分を不思議におもい、いったいこのつながりはなんだろうか ?と思っていたら、両お方の応援者の選挙の神様とドトール会長がつながっていたと知り、じっさいのつながりがあったことにおどろいたという話は前にも書きました。

原口さんが以前動画で226事件のお話をされていたのです。亡き父も学生時代、226事件の安藤大尉のおばあさまの営む下宿に住んでいて、おばあさまから、落ち込んだときに聞いた、「トンネルの先には必ずひかりがある」という言葉にずいぶんと励まされ、いつかおばあさまに恩返しをしたいと思い、安藤大尉のことを調べて文章にし、ジャンプ(多分ジャンプ )に投稿したら、父の書いた話が漫画になったことがありました。そういえば、原口さんもよく動画の中で「ひかりのさすほうへ」とおっしゃっています。

父は定年後226事件を調べ続け、地元にいた将校の山本又の存在にたどりつき、山本又の生家にたずねたくさんの手記をあずかることになりました。それを懸命にまとめていました。ここにも不思議があり、わたしはその頃30歳で、「自分を知りたければ、親を知れ」という師の言葉を聞いて、実家に帰り母と話すようになりました。父がわたしと母の話にはいってきて話すようになったのは、「山本又」のことを調べはじめてからでした。それまではわたしの話をバカにしていた父が、「山本又もそう言っていた」と言って急に一緒にテーブルにすわって話をするようになったのです。それまでは両親と疎遠で距離がありましたが、山本又をきっかけにして、急に父との距離も縮んだのです。

その後、父がまとめた山本又の調査書類をもとに、「ニ・ニ六事件蹶起将校 最後の手記」が発刊されました。 (いまは廃刊となりました。 ) 

父は40年地方公務員でしたが、その本の巻頭には、歴史家として寄稿することになりました。父がまとめた分厚い資料はすべて出版社にお預けしたようです。父が出版社に出向いた時には、だんなさんが同席してくれた思い出があります。

そんなこんなで、原口さんの動画に興味を持ったことには、わたしを守護している父やご先祖さまのオシもあったのでは ないか?と思います。

昨日、原口さんの動画ではヤタガラスや熊野神倉神社のお話を聞いて、またビックリ。私たちは熊野大社にお参りしたばかり、そしてなんと次の日神倉神社のお祭りに旦那が参加するというタイミングでした。

自分の興味をひくものは、背後に見守るご先祖さまオシだったりもするのでしょうね。

こんな風にご縁とは、動画の中からさえも、色々なつながりをはこんでくるのです。

原口さん側からすれば私たちのことは当然みえませんし、一方的なシンクロですが、そういったなかでも、わたしにできることはあって、小さくても何かしら応援することや、そこから政治を学ぶことだけでも十分だとおもいます。

政治選挙では、盲目になり、夢中になり、罵り、他者を罵倒するような光景を目にします。それでも観察をしていると学ぶことも多く、いかに感情的にならずに冷静にできるかの訓練にもなっています。なかなかむずしいことですが、すこし冷静になれば、だれかを盲信することも、盲目になることもありません。自分自身と他者の自己同一化のない中庸な視点を持つように心がけることを学んでいます。政治家や党が救ってくれるわけではないという点と、学んで判断選択し、一票を大切にするとみんなが良くなるという気持ちの両方がだいじかなと思っています。

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この間スレッズで、昭和の人は SNSない時代に何してたん ?という問いに、たくさんの人が返答していて、その返答が面白かったです。

「 CD聞いてた、カセットテープに録音して、歌詞カードをみて歌詞をひたすらおぼえていた、長電話をして親に怒られた、編み物してた、レコード聞いてた、ラジオ聞いてたとか、、、」懐かしい光景がたくさんうかびました。長電話、受話器を耳にひっつけて3時間4時間話すこともありました。今では信じられないことです。

 SNS時代に育った子供たちは情報過多な大変な時代をすごしているとおもいます。

でも、政治が動画の中に急速に入りこんできたことを思うと、メデイアばなれがすすんだように、じょじょに動画ばなれ SNSばなれがすすんで、又アナログ時代がくるかもしれませんよね。

もっともっとのびのびといきたいなとおもいます。













 

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