ブレたら心の灯にもどろう
現実はすこしずつ苦境の道にはいってきました。 情勢や経済に詳しい方々の情報をみると、今後少なくとも数年間は、それなりの準備が必要なときでもあるようですね。それにしてもすべての値段があがっていますが、さらにあがっていくようですよね。 夜寝ている時に、こういった原因について、ほんの一部の人がすべての人が自分のおもうようにならないと、とにかくきがすまないとてつもない支配願望をもっているというという映像が浮かびました。一方で、生活の中でさとりをひらいているようにみえる (インド人女性にみえた )女性たちは何事もなかったように毎日平穏にただ自分のすることをしているという映像でした。それぞれの存在する意識のラインがみえて、他にもいろんなラインがみえて、自分がどのラインを選んで踏んでいるかで意識と生活が変わるというような映像でした。 主観でつねに思うのは、たたかいの根は、大きな世界ではせんそうを作りだしますが、ちいさな日常生活の意識にも、せんそうの根と同じ芽があると思っています。気づかないうちに感化され根づいてしまっている戦闘意識、他者との必要以上の競争意識です。これには子供のころからずっと矛盾を感じていましたが、時とともに自分の中にも色濃く根づいてしまい、それをぬぐいとることができずにあれやこれや悩みました。 今の社会の8-9割は、欲望と戦闘意識でできていると思いますが、いま起きている苦難によってめざめ、戦闘のない世界へと移行していくとおっしゃる意見と、思っている以上にめざめはおくれていて、なかなかそうなっていかないという意見も聞きました。 けっきょく人間の大半は精神の成長より、欲望をかなえることに魅力を感じる生き物だということかもしれません。そうわりきってみると、そのときどきの状況のなかでできることに没頭すればよいとおもうようになり心もらくになってきました。 ただ、おきている現象の世界線の内側に自分も存在しているので、せんそうを人ごととおもうのではなく、自分のなかにもしらずに深くうえこまれているちいさな戦闘の根を、日々観察しつづけることも大切だとおもっています。いっぽうで、目覚めの時代ははじまったとみている方もいます。私自身には、今朝掃除をしているときに、「まだまだだね、もっとスッキリできるよ」という感覚がおりてきました。 ;;; あらゆるものはわたしから目をそらします。外部...




