才能を読む//ほぼ感想文
スレッズを眺めていたら「本当のことを書く」ことについて、みずしらずの女性が短い文章と参考になった本を3冊紹介していたのが気になって、下調べもせずにいきおいで3冊買った。 前にも書いたことがある唯一の自慢話で、わたしは子供の頃から書くことには苦を感じたことがなく、書く文章量だけはいつでもクラスで一番で、通常の生徒は多くて5枚で提出していたけれど、わたしは20枚は軽く書いた。どの文章も何ひとつ記憶にないが、書いている内容はいつでも1つのことを長くこねくり回したような内容だったと思う。書くことが苦ではなくなったきっかけは、母が、小1か小2の夏休みの課題に、小学生にしてはかなり分厚い本の写本をわたしに無理強いしたことだった記憶がある。 高校の頃、友達から矢沢永吉の「成り上がり」をすすめられ、「東京にいく」というのが流行っていた時代。わたしは糸井重里さんのようにコピーライターになりたいという思いが一番にうかんだ。けれど、その時の思いは瞬時にきえ、文章力がつかないまま、この年齢になった。今まで長いあいだ、うかんできたことを好きなように書いている以外には何も考えずにきたけれど、「本当のことを書く」とはいったいどんなことだろう ?そんなことは今まで考えもしなかった、、、と、興味がわいた。 で、さっそく最初に届いた本を読みはじめた。 「わたしのなかにある巨大な星」著者伊藤紺。歌人。 まず表紙の変な絵と色のバランスに、違和感なく、みょうにしっくりときた。しっくりきたことが不思議におもえて、何度か表紙の絵と色をしみじみとみた。読みはじめて数行で、姪っ子次女の顔が瞬時にうかんだ。「巨大な星」というタイトルから、かなり若い世代の人が書くタイトルだと思った。「いきおいで若い人向けの本を買ってしまった、、、」と思いながら、子供の書いた本を読むお母さんの気持ちで読んでいくと、自分のわかい頃の感情と重なりすぎた。しかも、好きな色が同じだったことをふくめ、要所要所に親近感がわくばかり。スピを歌っていないにもかかわらず、魂の性質をよくわかって書いているような感触も文章から伝わってきた。言葉の使い方、表現力、観察力の角度の面白さもありながら、時に謙虚さや自信のなさもにじませていて、好感がもてる。わかい頃のエネルギーの爆発と冷静さ、社会のどことも歯車がかみ合わない不器用で言いようのないおかしさをもちあわせた...



