介護17/ 手放しただけめざめる

母のショートステイ先の介護士さんから、水分も食べる量も減っていると聞きました。家でも、食事中にも口がなかなか開かない日が増え、食欲も減退。バランスよく食べさせたいと思うので、手を変え品を変え食事を作っても、作り置きして時間がたてば、新鮮ではなくなり、普通ならなんの問題がなくても、母のような高齢者では、何かの菌が入ることもあるかもしれないので、母が食べなければ、たくさん残っていても、その日中に処分することもあります。自分で時間をかけて作ったものを捨てる時には、買い物をした時からのかかった時間を考えると、それがただゴミ箱に流れてしまうのかと、「フゥ」とため息が出ることも。食べさせるのにも時間がかかり、時間がかかっても、結局スプーンに3口しか食べなかったということも続き、母の食事への心労が増えました。ただふと、この介護の心労も、勝手に自分の思いが作り出しているだけだと気づきます。「作る量をさらに少量にしよう。そして食べなかったら処分する」ただそれだけでいいんだと。

食事を食べさせる時に、母専用に無印でみつけた、分量のちょうどいい中サジのスプーンですくって、「お母さん、アーン」と何度も何度も繰り返すのですが、タイミングがあわないことの方がふえて、一度口に入れるために、10回くらい「アーン」を繰り返すことも。こちらにもますます根気が必要になりました。
中スプーンにすこしの水分をすくい、かたく閉じている母の口に無理に押し込むと、だいぶたってから、のどもとで「ごくん」とのみこむ音が聞こえ、それからようやく口がうごき出します。たとえ口が動いても、時に、食べたものを飲み込むまでの処理ができず、食後に歯を磨く時に、歯ブラシで、母の口中をみると、噛み砕いた食べ物が、歯ぐき周りと口の中にそのまま残っていることもよくあります。噛むまではできても、飲み込みまで、脳がうまく作動しないのでしょう。
でも、いろいろ食べさせているとわかるのですが、結局好きなものは、大きく口を開けて、それなりに食べるのです。母には好き嫌いを選別する意識はまだしっかりとあるようです。それも母らしさです。

他にも、母は喉にタンもからむようになり、そのタンを自分で外に出す力がないため、タンが喉のあたりで絡まったままゴロゴロ苦しそうなことも増えました。ケアマネさんに教えていただいたのですが、吸引機を使うと、喉を傷つけてしまい、飲み込みができなくなることもよくあるそうで、そのためにタンの絡みをなくす薬を医師に処方してもらうようになり、その分寝る時間も増えました。いままで、できる限り薬は飲まない方向で頑張ってきましたが、薬にもたよるようになりました。

時間をかけて食事の用意をしても、目を開けることもできず寝てしまうこともあります。寝る時間が増えると、高齢者は皆便秘になるのだそうです。そのために強い下剤を使うのだそうですが、私は漢方を処方してもらい、長沢オリゴをたくさん飲ませています。

最近は暑くて、公園散歩にもいけない状態でした。車椅子でも、外の道をガタガタゆれたり、緑の中で空気に触れたりするだけで、よい刺激になるのですが、それができなかったのも便秘の原因だと思います。

処方していただいている漢方と長沢オリゴを数日飲めば便が出る状態がずっーと続いていたのですが、先週は、寝ている母の手足を動かしたり、抱き起す時に揺らしたり、お腹のマッサージや、手足のツボ押し、肩をさすったり、ほぐしたり、いつも1袋の漢方を2袋に増やして、オリゴを大量に飲ませたり、あらゆることを試したのですが、どうやっても解消せず。
そうはいっても、毎日すこしずつは食べているので、便が出ない日が続くとお腹周りが固くなってきて母もとてもつらくなります。
そのために、微熱が出たり、血圧が上がったり。その度にヒヤヒヤしながら、便秘のまま、「明日は出そうね」と母にいいながら、10日間すぎ、過去最長になりました。
主治医の往診で、強い便秘薬と浣腸薬を処方してもらいました。強い便秘薬でも効果がなく、初めて浣腸をためして、ようやく便が出ました。

母は、便が出たあと浣腸薬のせいか、半日寝ていましたが、たくさん寝たあとには、お昼前にお腹が空いたようで、スッキリ目覚めて、白菜と豚肉のおかゆと、野菜とかぼちゃのポタージュスープを久しぶりにおかわりして、 OS1ゼリーをたっぷり摂取して、無事にショートステイに行くことができました。
「お母さんが便秘で苦しいと、私も苦しくなる」と旦那さんにいうと、「俺も苦しいよ」と。母が食べない飲まないと、私と旦那さんも苦しい。母がしんどいと、そのしんどいオーラを共有する。ショートステイにあずけて、しんどさから解放されてホッとしました。

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よく書くモヤモヤの解消経験。

今でも、小さな怒りやモヤモヤがわき起こることもありますが、その感情を外に出さずに解消できるようになりました。その時々思いつく解消法をして、自分の中の低い波動を時間をかけてときほぐし、観察します。この原因はいったいなんだったのだろうかと。私の場合、波動がこのうえなく浄化されたあとに、まるで回転ドアを開けるように、みずからよどんだ環境へ飛び込んで、心のモヤモヤをわざわざ作ってしまうことがあることに気づいてからもうだいぶたちました。たいていのもめごとというのは、そうやってできるのです。

きよまった状態とよどんだ環境を行ったりきたりしながら、バランスをとっているというとカッコいいのですが、そうではなく、物質社会の刺激をもとめるくせからまだ完全に抜けきれていないのです。もしくは、それにも何も意味はなく、単にただの経験だと割り切ることもできます。ようは自分がどうなりたいか、それだけです。

私は、自己発見のツールとして、生活創造も楽しみたいけれど、精神的にも成長とそれにまつわる変化も必要で、できるだけ浄化して、死ぬ時には、今世のカルマを解消して、とうめいになることをねがって、日々そのことを意識して生活しています。

最近は天候も関係して、多くの人にモヤモヤ勃発は続いているようです。
私もどうでもいいようなモヤモヤ期間がありました。
いつものように、その感情を観察していると、ひさしぶりに「ここからもう一歩前進したい」という内側の声がしました。「どう変わりたいんだろう ?」と自分に問うて寝ると、このまえに書いたことですが、満月の夜に、今までの過去をスパンと閉じてしまうような衝撃的な夢を見ました。次の朝起きると、気持ちはすっきりと入れ替わったのですが、すこし時間がたつと、また過去の古い習慣に引きずられそうになるのです。気分一新したようで、過去の方法のままでいたいようなゆれをしばらく繰り返しながら、自分の声のさししめすあらたな選択の道へとゆっくり帆の動きをかえていきます。

変化が起きると、しばらく自分の意識をたがやして、身体に染み込ませていきます。それから、自然にゆっくりと、実際の生活意識や興味が変化しはじめます。ゆっくり振り子がゆれるように、進んではまたすこし後退し、同じような磁場を繰り返しながら、螺旋を描いて意識は成長しています。

気付くたびに、何を手放せばいいのかが明確になっていきます。


私は20代から30代は、それ以前の幼少期から過去生にもさかのぼるような、過去から持ち越した感情を手放し続けていました。そのころは、毎回大荒波か台風のようで、感情を手放す時には、何日間も泣きっぱなしだったり、枕を叩きまくるようなこともよくありましたが、感情の浄化に集中し、気のすむまでよく泣きました。今では、その頃がウソのようで、心の波を静かに観察して、味わいつくしてから、スーッと波が引いていくような感覚におさまるようになりました。40代以降は、とても長い間馴染んでいたある種の空気感を、長い時間かけて手放しています。無理にはがすのではなく、感情の波が起こるたびに、それを味わい、少しずつ手放すような感覚が何度も起こります。今はその浄化の最終段階か、、、


どうやったら変わるのだろう ?

「精神的に成長し、より善く変わりたい」と心の声の宣言がわき起こると、それから、ほぼ自動的に、いろいろなことが起き、一つ一つに気づいて、そのたびに感情の処理を繰り返しているうちに、何を手放せば変われるのかわかります。

今一番意識していることは、長い間の教育、社会の慣習や風潮、慣れ親しんだ考え方や、他人の言動教えにいっさいとらわれないこと。外側の意識のすべてを解き放ち、自分自身の平静な意識を信頼することに集中しています。
今世の自分の性格的な癖にも気づいていますが、それは自分が持っている個性なので、まわりからみて、それが変でも良いと思うようになりました。生きているあいだに自然に削られていきます。それよりも、物質社会が、お金のために動くように、つよくすりこまれた社会性や、比較競争し、認知され、頑張らなくてはいけないという無理強いされた外に向きすぎた力んだ意識の方がとても根深いと思っています。


手放すと変われるし、手放しただけ目覚めていく。










 

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