境界線をこえてみる/メダカおばあちゃんの話


田舎の家のまわりには、春の花がたくさん咲いていて、庭で枝の剪定をしていたつもりが、玄関先で花生けモードになりました。
花生けたいー花器がないー器なんてなんでもいいーいやまずは道具からだから、、、
といろんな心の声をききながら、いい道具があるのも最高だ、けれども、何もなくても大丈夫な発想の人間にもなりたい。

そして旦那さんに撮影してもらいました。
 (この花生けがいいかどうかは別にして。 )
記録しておくのはいいなと思いました。

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田舎から都心にもどり、キッチンで朝食事の支度をしていると、自分の境界線を超えるイメージがふと浮かびあがってきました。

私の一番好きな言葉、「教えられたことはすべてウソだと思ってください。」
しばられた思考から解放された聖域のような意識。
大切にしているのは、現実的には、課題でもある冷静さと観察すること。嘘のないこと。それ以外の思考は空にして、日常に没頭できるようになってから、自分自身のなかにあった制限の境界線をこえていくことも可能そうだとおもいはじめました。しばられていた思考の柵をひとつひとつ手ばなして、空にしていく。こえて行く。日常の中でも、あらゆることを、いつもとちがうようにやってみると、新しい経験はいくらでもみつかります。その繰り返しによって、一瞬一瞬が生き生きと楽しくなる。

そんなことをおもったのです。

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それから1−2時間後のこと。
旦那さんが仕事に行くのを玄関で送りました。
旦那さんが玄関を出ると、メダカの甕のところには見知らぬおばあちゃんがいました。

私は玄関の中で、玄関の外で話すおばあちゃんと旦那さんの話を立ち聞きしていました。
旦那さんは時間ギリギリに出たので、急いで車に乗らなければいけないのに、おばあちゃんとの話がなかなか終わりません。メダカの話をしていました。
旦那さんが帰宅してからその話をくわしく聞きました。
朝急いでいた旦那さんが玄関を出て車に乗ろうとすると、メダカの甕に手をつっこんだ知らないおばあちゃんが目の前に!!


旦那:「はっ ????!!!!」

見知らぬおばあちゃん:旦那と目があいつつ、我が家のメダカの甕のなかに手が入った状態で
「メダカの掃除をしているのよ」

旦那:「えっ????掃除をしてるんですか ?・・・」

見知らぬおばあちゃん「あのね、このメダカを面倒みているの。もう随分まえからよ」

旦那:「面倒みてくれていたんですね」
旦那も、4−5年前から急にメダカの種が変わったり、時々甕の中の蓮の葉や根がきれいに切りそろえられ、水がきれいになっているのを不思議におもっていたので、ようやくそのことを理解できた。

旦那「家は近所なんですか ?」

おばあちゃん「ここから15分くらい。散歩コースなの。私はいろんな種類のメダカを長年飼っていて、このメダカがとても強くて増えるのがわかったの、家でふえすぎたから、この辺りをとおる時メダカが好きそうなオタクにわけているの」

旦那「あーそうなんですか。ありがとうございます。あのお名前だけでも教えていただけますか ?」

おばあちゃん「〇〇と申します。」

その後も甕に手をつっこんでメダカの世話をするおばあちゃんを後方から、
旦那は写メしまくり、急いで車に乗って、仕事に出かけた。

帰宅後に写メを見せてもらう。(顔が写ってないけど、亡き海老名香葉子さんみたいなイメージ。 )


私はいつかこのおばあちゃんと知り合って、お宅に遊びに行ってメダカの話を聞きたい。

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おばあちゃん、すごいな。思考の境界線を超えている。
朝イメージしていた自分の思考の境界線を超えているような方があらわれたのです。
こり固まった思考で考えると、他人の家の水道を勝手に使い、他人のメダカの甕に勝手に侵入しているわけだけど、おばあちゃんの自由さにただただ笑える。
なんて自由なんだろう。
高齢者ってすごいなー。もしかしたら、通常は使えていないなかった DNA螺旋が開いているのではないでしょうか ?自分にはとてもできない行動力と発想です。
このおばあちゃんの自由さやおおらかさにギフトをいただいたような気持ちになりとても感謝です。

このお話をスレッズに書いたらすごい閲覧数といいねの数。メダカおばあちゃんと旦那の話がこんなにウケるとは。感想もありがとうございました。スレッズには字の制限があるので、詳しい話をブログに書きました。
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メダカの世界は、小さな甕のなかにあるけれど、メダカを眺めていると、まるで地球にいる人間の世界を空からながめているような気持ちになるのです。



















 

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