7−8割のしどく抜きを継続して8ヶ月。体調がよく、気分も明るいです。気分が明るいというのは、発酵食を毎日取るようになって内臓があたたまっているような身体の奥から明るい感じなのです。とはいえ、甘いものを完全にやめて体調が悪くなったことがあるので、スムージーにはフルーツ入れたいし、時々さつまいもは食べています。介護から解放される日には、母用に買ってある甘いお菓子を食べてしまうこともあります。ですが、7−8割のしどくは無理なくできて、今の自分の状態によくあっています。
しどく抜き卵焼きが成功したので写メをしました。
魚のだし汁と甘酒で甘みを出して、塩少々。いつもは油を引いて、キッチンペーパーで拭き取ってますが、卵焼き用のフライパンにクッキングシートを引いて油なしで焼いてみて成功しました (笑 )それだけでうれしい。あとで気になったのは、クッキングシートはシリコン加工なので、このシリコンが卵焼きにしっかり付着しているだろうなということです。クッキングシートをエコなものにするか、油を少量にしてキッチンペーパーで拭き取って使うか?どちらがいいのだろうと自分と相談しています。目分量で作り続けているオートミールと米粉の豆乳パンケーキも上達しました。
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菜食 &瞑想の友人も4どくぬきに変えたのだそう。菜食でも、油脂質小麦糖に依存しやすい傾向があるので、菜食から4どくは習慣的にも移行しやすいと思います。健康であっても、食べ方を意識する人はふえていますが、日本では食や健康への意識が低いのだそうです。今や2人に1人がん時代と言われています。
みなさん、これを「どこかおかしい ?」とおもわずに、「あーそうですか」と受け止めますか ?。当たり前のように受けとめてしまうのは、自分への無関心にうもれている証拠かもしれません。何を食べる食べないは人それぞれですが、スーパーに行くと、明らかに身体によくない冷凍食品加工食品、糖度の高いスィーツの種類は増え続け、焼き芋の甘みはますます強くなり、ふかふかの甘いパンがたくさんあって、虫に食われず、土のついていないみょうにきれいすぎる野菜もあります。普通におかしいなとおもう食材が7ー8割ならんでいるのがスーパーです。
明確なことは、すべてのものは、人々の健康のために作られて売られているわけでない。反対に、安全だから、身体によいからどうぞ買ってくださいという良識のある意識で売られているものはごくわずかです。今やオーガニックスーパーでさえもそうなっているのを感じます。オーガニックスーパでも、糖度の高いお菓子や、脂っこい食べ物の匂いに引き寄せられます。ある方の言い方をお借りすれば、身体を弱体化させようとしているものが多いということです。
世の中の危険を敏感に察知して真実に目覚める時。
近くにあったお豆腐屋さんも閉店してしまい、スーパーでお豆腐を購入するようになりました。初めは「有機豆腐」という文字だけでそのお豆腐を無意識に購入していましたが、スーパーで老眼鏡をつけたり外したりしながら、気をつけて小さな文字で書かれている原材料をみると、有機と書かれているもののほとんどが輸入食品。なぜ日本の有機のお豆腐が売られていないのでしょう。有機大豆、有機のお豆腐は日本では作ることができないのでしょうか ??こんにゃくも気になります。スーパーの野菜も何々産は農薬まみれなど、色々と気をつけたほうがいいことも増えているそうです。あまり恐怖におびえたり、気を引き締めすぎるのも身体にも良くなさそうなので気持ちをゆるめていたのですが、調べてみると、最近の食品には今まで以上に気をつけていたほうがよさそうです。
わたしは野菜はスーパーではなるべく購入しないようにしています,
(時々スーパーで野菜を買います)
ありがたいことに、近所に家族で鎌倉で野菜を作って販売しているちいさなお店があります。田舎では、農家や家庭菜園をしている方が持ちよる野菜販売所があります。ほとんどの野菜はそのどちらかで購入するようにしています。お米もですが、できるだけ地元の農家さんに直接お金を落としたいと思っています。野菜に土がついていたり、虫食いがあったり、時にミドリムシが付いていたりすることは、野菜がそれだけ天然の証拠ですが、日本人は少しでも虫食いがあったりゆがんでいたり、土がついている野菜を嫌う人が多いそうで、海外の人が驚くことの一つでもあると聞いたことがあります。 すべてにおいて、潔癖になのはよくないことです。
自然にも毒があり、動物にも毒のある動物がいます。地球の中にも明らかに毒があります。この毒は自然な毒で自分を守るためにあるものです。
「一体人間がどれくらいの毒を持つと人は自然と調和するのだろうか ?」と考えました。
安易な方法でジェミニに質問してみました。AIは哲学や思想的な質問には比較的まともな返答をしてくれるのです。
◎質問//自然にも陰陽があるように、毒もある。人間もまったく毒のない生き方はできない。けれど精神が澄んでいくことは大切とされている。いったい毒は全体の何割程度が程よいでしょう ?
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◎ジェミニの解答
非常に興味深く、そして本質的な問いですね。「毒」をどう定義するかにもよりますが、自然界や東洋思想のバランスから考えると、一つの指針が見えてきます。
「清濁併せ呑む」という言葉があるように、完全に清らかな状態(無毒)は、実は生命力を失わせることにもつながります。
1. 黄金比としての「二八(にっぱち)」の法則
自然界や統計学、あるいは伝統的な健康法においてよく引き合いに出されるのが、**「8:2」**の割合です。
精神の澄濁: 8割の清らかさと、2割の「毒(欲望、エゴ、遊び、影)」。
食事と健康: 8割の滋養ある食事と、2割の嗜好品(毒)。
パレートの法則: 全体の8割の成果は、2割の要素(あるいは負荷)から生まれる。
すべてが「正論」や「清らかさ」だけで埋め尽くされると、心は窮屈になり、遊び(ゆとり)がなくなってポキリと折れてしまいます。2割程度の「毒」があることで、むしろ全体の免疫力や人間味としての深みが保たれるという考え方です。
2. 陰陽の太極図に見る「点」
陰陽のシンボル(太極図)を思い浮かべてみてください。
白い勾玉(陽)の中に黒い点(陰)があり、黒い勾玉(陰)の中に白い点(陽)があります。
3. 「毒」を「薬」に変えるための分量
科学の父、パラケルススは**「すべてのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが、毒であるか薬であるかを決めるのだ」**という言葉を残しています。
理想的な「毒」の配合バランス:10% 〜 20%
この程度であれば、毒は「刺激」や「教訓」となり、精神をより高い次元へと押し上げるための触媒として機能します。
結論:どれくらいが「程よい」のか?
現代を生きる私たちが精神の透明度を保ちつつ、生命力を枯らさないための目安は、**「8割の善・清らかさ」に対して「2割の不完全さ・毒」**という塩梅ではないでしょうか。
「自分の中には毒がある」と認めている人の方が、実は精神的に安定しており、結果として「澄んだ」印象を周囲に与えるものです。
もし、今ご自身の中で「毒」が多すぎると感じていらっしゃいますか? それとも、清らかさを求めすぎて苦しくなっていますか? よろしければ、そのあたりの感覚を伺えれば、さらに踏み込んだお話ができるかもしれません。
とジェミニは言ってます。
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