草刈りをしながら/さかさまに想像してみること
東京の花屋さんで購入したお花をいけた昔の写真です。実家で家のまわりに咲いてる花や雑草とはちがいます。最近は田舎にもどったときに家のまわりにある草花で花生けをたのしむようになりました。田舎にはいかにも和風の植物がおおいのですが、和風も好きです。
いよいよ田舎では雑草が縦横無尽に生えはじめ、さっそく草刈りにぼっとうしました。枝切りや草刈りをして自然にふれていると思いもよらなかった思いが浮かびあがります。今回はツル科の植物との格闘です。細いツルを複雑に何重にもからませながら、いきおいよくそこらじゅうからのびて花を咲かせています。パッとみは、あたり一面に花がふわりふわり風に揺れていて、まるで黄泉の国のよう。ですが、この花がどんどん風化して広がりがとまりません。草刈機ではとりにくい石垣の生え際からも細い蔓がからまりあって、その蔓の多さに、この細いツルを編んでみたら面白いのではないかと思うほど。(今のところ、わたしはつる編みはできません、、、 )田舎に滞在する時間がもっとゆっくりあれば、自然とつるを編んでみようという気力もわくかもしれません。
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先日地球を牛耳る ??ような上層部の方々の気持ちを思いつつ、ジェミニの返答をなるほどと思いました。シンクロニシティも重なり、自分の生命のちいささを思っていたのですが、草刈りをしながら、どんなに小さな存在でも、こうしていかしていただいていることがすばらしいことだなと思いました。
いらない雑草はどんどん刈って庭をいつもきれいに整えていたいと思うように、地球上層部の人々も、邪魔なものは排除したい思いもあるのかもしれません。草刈りができなければ除草剤をまいてしまう人もいますよね。みじんこのような自分でも、春になると芽生えてくる命を、命と思わずに草刈機でダーーーーっといきおいよく刈ってしいます。人間の生命にも、まさにおなじようなことがおきているのでしょう。いっぽうで自然と共生する心優しい人のなかには雑草もあえて抜かない人もいらっしゃる。雑草が土を守ってくれていると感じられるのだそうです。長年、便利すぎる都会にいると、自然への心底の敬愛は失われてしまうかもしれません。ながく自然と接することで、どんな生命にも平等な優しさはもどってくるでしょうか。
地球を牛耳り人々の生命を支配し管理する上層部の方々も、雑草も、みじんこのような生命の私も
生命はみな同じく、時がくれば自然にもどるという事実はどうひっくりかえしても平等なこともまた不思議です。
たけのこもそうなのですが、つる科は思う以上にたくさんあって、多くは地下でつながって上に伸びるようです。
「今まで考えたこともなかったけれど、もしや人間も、目に見えるツルや根はえていないものの、根意識はあって、にたような種で、地下にエネルギーの根を張って集まって伸びているんじゃないだろうか ?」なんて想像しました。科学的根拠のない空想はバサリと切られそうですが (笑 )そんな想像をすると面白いです。
以前には都心の公園で樹をみているうちに、もしかして樹は、根っこが頭で、枝が足なんではないか ?とふと思って、調べてみると、現実的にもそういう説もあると知りました。
思うことを、たまにはさかさまに想像してみたりするとおもしろいですよね。
で、人間ももしかしたら、足の方が頭で、地球の中心の奥深くと脳意識がつながっていたり?いや、地球自体が生命の脳なのでは???!
頭顔の方が足先のような役目だったり??
足裏には体のツボがすべてあると言われているし、足裏、だいじですね。

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