介護15食事の変化//自分の中のボルテックスへ




いつもは真冬の参拝ですが、はじめての夏至三峯神社奥宮参拝の景色。
神社好きなので、聞いたり見たりした神社情報にハッと思うとすぐに行く性分ですが、
「こんなに心地が良かったと思ったことは今までにあっただろうか ?」と思うほど、
心地がよい参拝でした。わたしだけでなく、誕生日の旦那さんも、奥宮をくだってから何度も「あー気持ちよかった」というほどに素敵な経験になりました。


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しばらくぶりに病院に行って母の乳がんエコー検査をしました。また乳がんは小さくなっていました。お医者さんに「薬は飲んでないのでいらないです」と伝えるとすこしこまっていました。

乳がんとは別に、母の食欲はさらにガクンと減りはじめています。温度差や天候などに左右されるたびに、食欲も減退しています。
このあいだまでは、元気がなくてもアジサシだけは1人前半ペロリとたいらげていたのに、アジサシでさえ喉につかえるのか、噛む力が減ったのか食べられなくなってきています。できるだけ食べるように、介護士さんに聞いた情報を家でも実践しています。乳がんと胆嚢炎があるので、とおざけていたプリンやアイスクリーム、蒸したパンやヨーグルトでカロリーをとるようになりました。こういうものはつるんと喉をとおるので負担がなく、母も積極的に口をあけてくれます。ですが糖ばかりになると、体調が悪くなるため、ミキサーでご飯にジャコやお魚や卵などを細かくくだいておじやにしたり、ヴァイタミックスでゆで野菜や魚をポタージュにしたり、桃やマンゴーは食べやすいのであっというまにたいらげます。
小さく刻んだレタスやスライス玉ねぎも美味しそうにほおばります。ショートステイでは食べられない生野菜や果物は美味しく感じるようです。
果物や野菜の皮を向くときに、本当に小さなささくれた部分や小さな茎やたねをがうっかり入ってしまうと、スムージーにしても喉に引っかかり咳が止まらなくなるので要注意です。
かといって細かくくだいてペースト状にすればなんでも食べるかというとそうではない。母はぜったいに食べたくないものには口をあけないというところは今だに徹底しています。口に運ばれるものが何かをしっかりみているのです。一度目は食べてみても、美味しくないと思うものには、2度目からは口をあけてくれません。そして、美味しいと思って積極的に食べていても、食べているうちに寝てしまうこともふえています。最近はそのような状況なので、今まで以上に毎日最新の注意をはらって日々クイジナートとバイタミックスで美味しくトロトロの料理を作るようにしています。
辰巳芳子先生のいのちのスープのようだし、ゼラチンでかためるとテリーヌにもなる。そういうものを朝昼晩味を変えてつくるようになりました。喉に引っかかると大変なので、毎回の料理の緊張度も高まっていますが、苦労して作ってまぁまぁ食べるとき、途中で寝てしまい残りは捨ててしまうこともあります。ストックしておくこともありますが、細菌が入らないように、なるべくその時々に調理するようにしています。すこしずつ、細菌への抵抗力もなくなっているようで、少しのことで目が赤くなったり、頻尿になったり、微熱がでたりします。先日往診の先生が細菌にきく薬を処方してくださったので、一錠だけ飲ませてみると、おどろくほど排泄の匂いが消えました。
こういう状況になってきて、すこしだけ薬ともむきあう必要性を感じるようになりました。


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三峯奥宮参拝後によく聞いているデヴィッドホーキンズの動画。
本には文字から目を通して静かにしみいるよさがありますが、動画は本の内容をわかりやすくしていて、意識にストレートにはいってきます。
昔本を読んでいて、また動画で出会い、何十年ぶりに再会した気分です。


昨日は瞑想の動画を見ました。

瞑想しても悟れないというのはまさに!!です。 30年以上瞑想していて、
その時々感情リセットはできるのですが、日常生活においてある意識レベルからの上昇がないことは気になっていたタイミングでこの動画に出会いました。動画で確認したところ、
その意識レベルを感知することは大切であるが、それを無理やりおしすすめようと力を使うとそれもまた意識上昇を遠ざけるということ。自己客観視を冷静中立にして、
それ以上何もしない、そのまま明け渡しておくということは、すべてにおいて同じように言えることですね。

瞑想は、必要ないという方もいるようですが、ある覚者の方は、「瞑想しないでどうやって悟れるのだろうか」とおっしゃっており、意識を鎮め、自己内省、冷静な客観視することの重要性を瞑想は物語っているのではないでしょうか。この数年時代が大きく揺れ動いている時期、さらにAIの進化の移行期に入り、自己内省時間の大切さ、セルフケアに十分に時間をとる必要性をますます感じるようになりました。わたし自身は、瞑想こそが自分をしずめ、感情観察する時間でもあるので、悟れていなくても、自然に悟りに近づいていく気づきは瞑想中に十分に起きているので、瞑想なくしては今生はないと思えるほど毎日の大事な時間となっています。毎日1時間の静かな時間をいただいていることに深く感謝しています。


自分のボルテックスに集中しつづけ、そして、ただそれを観察することで、自然に次の意識状態への移行時期があらわれるということ。
自然にあるがまま、信頼して身をまかせることの大切さ。
自分を低くみつもるでもなく、高くみつもるでもない、ただありのままの状態を冷静に知ること。観察することの大切さ。
自分の意識を外側の状況や他者の行動や言動にあれやこれやと使うことほど無駄なエネルギーの消費はないということ。欲望の中毒性や他者に振り回されることなど、良くない影響を察知したら、鎮まる場へと変化すること。もっと自分に集中しつづけることこそが、自分の意識場上昇に役立つということ。そしてこれこそが地球に貢献できる行為だと思います。
動画を拝見して一段と身にしみます。



わたしにとって生きていることは、今生のテーマや課題をクリアにすること、魂の純化で、自分のボルテックスの磁場をあげていけば、自然に環境も整っていくということの再確認。
あとはただ自然に身をゆだねる本当の信頼。
無理やり何かを力んでしようとしないこと大切さ。









 

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