介護19
母の入院5日目〜
毎日点滴だけで、食事はまだはじまっていない。人は、お腹が空いている方が、意識が目覚め、力がわくのだろう。ベッドの母に声をかけると「いたい、つらい」という。以前より言葉をはっきりと話す。看護士さんが点滴をみにきたので、「いつから食事が食べられますか?」と聞くと、
看護師さん「今朝から血圧が高くて200まで上がっていたんです、落ち着いたらゼリー状のものから食べて大丈夫か検査をするのですが、もうすこしかかると思います。」
私は、母に「もうすこし元気になるまで時間がかかるからゆっくりしようね」というと、
母は朦朧としながら「すこしでもいいから、一袋でもいいからなにかください」と言った。
家にもどったら、旦那さんの作った美味しいお味噌汁を飲ませてあげたい。
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母が救急で運ばれたのは、2人部屋だったが、通路側のもうひとつのベッドは数日空いていた。数日後に隣におばあさまが入ったが、枕とベットの間に顔をうずめ、大きないびきをかいて死んだように眠っていて、みるからに重症のようにみえた。それから2−3日後、隣のおばあさまは、初日の印象とまったくちがい、驚くほど回復されていて、ベッドに座りひとりで食事をされていた。通り過ぎる私と目があうと、「どこの駅で降りればいいの ?」と話しかけてきた。「〇〇駅ですよ」と答えたが、また同じ質問をされたので、「看護士さんを呼びますね」と言って、看護士さんと話してもらうことにした。
数日後、母を見舞いに行くと、隣のおばあさまのお子様ご夫妻 (私と同じ年齢か少し年上の )が見舞いに来ていた。おばあさまは、入院に不満がたくさんあるらしく、「とにかくもう早くここを出たい」とか「魚がまずい」とうったえていた。その翌日には、隣のおばあさまは、点滴を自分ではずしてしまうらしく、看護士さんが「またはずされた、、、」と言いながら部屋を出て行って、その翌日には、ベッドが空になっていた。再び部屋には母だけとなった。
そして今日も母を見舞いに行き、隣のベッドをみると、 昨日退院されたはずのおば様が再入院されて、またいびきをかいて寝ていた。
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毎日母の見舞いをして、元気づける言葉をかけているが、それが母にとっていいことかどうかよくわからなくなった。もし母が旅立ちの準備をしているのに、私が、「もっと美味しいもの食べようね」と、耳元で毎日なんども話しかけていることで、旅立ちの準備のタイミングの邪魔になっているのなら、母にとっていいことではないと思った。
自分自身が死を選択するタイミングは突然やってくる場合もあるけれど、とても静かな繊細なタイミングを選択し、その波にスーッと乗っていく場合もあると思う。母は後者だと思う。
家で朝食支度中にそう思って「お母さん行きたいならそうしてね」と、病院の母にテレパシーを送った。すると、いつも使っている大きなガラス容器が、棚から床に落ちて割れた。その瓶が割れるのをみて、「あっ、お母さんはまだ旅立ちたいわけではないんだ。」と理解した。霊障で物が割れることはよくあること。
親子なので、話せなくても、表情や、少しの動きで気持ちがわかることが多い。スイスの安楽死制度を美しく思うこともあったが、介護をはじめてから考えが変わった。もちろん安楽死の選択があったら幸いな人もいらっしゃることは理解できる。
母は、何もできなくなっても、最後まで生ききりたいと思っている。介護をするようになって、生命の霊線をさいごまで使いきる美しさ、繊細さを感じるようになった。
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入院10日間以上が経ち主治医のお話を聞くと、順調に回復している。
問題は、病院や施設では、食事の時間が1時間と決まっていて、母の傾眠が強く、食事の時間帯に母が寝ていると、母の都合で、起きる時間まで食事を待ってはくれないことだった。母のようになると、食事の時間のタイミングでも寝ていることが増えるがゆえに、栄養不足になって、やせ細り老衰して行くのが自然なのだということがわかった。とにかく退院まで、食事量を増やし、点滴でカリウムを必要量摂取することが大切なのだそう。
見舞いに行って母の耳元でそのことを説明した。「お母さん、ご飯の時間に寝ていると、ご飯を食べることができないから、名前を呼ばれたら、頑張って起きて、ご飯を食べようね。そうしないと栄養が足りなくて、いつまでも退院できないんだって。」母はだいたい聞いていて、理解していると思った。
今日夜18時の夕食からは、看護師さんの許可を得て、私が付き添って食事を食べさせることにした。今日の母はお腹が空いていて、夕食は完食できた。それにしても、夜間は普段からこうなのか、連休中だからかはわからないが、夕食時でも看護師さんの数が少なすぎる。配膳に手一杯。これでは、一人で食事ができない高齢者一人一人に、看護師が時間をかけてご飯を食べさせる余裕がないのはすぐにわかる。時間帯を変えてお見舞いする機会があるから理解できることだった。
完食といっても、ゼリー状のトロミと言われる食事で、主菜、煮物、サラダ、汁物、ご飯、お茶まで、すべてゼリー状で、それぞれ薄味で、器に少しづつ色違いのトロトロが入っている。量にしたら、全部で300−400ccくらいのゼリー程度。ゼリー状でも、ご飯と煮魚は、ときどき母ののどにつかえるようだ。痰吸引もはじまったので、喉が弱くなってしまうのだろう。退院してから食事で問題なのは、自宅で作るお粥状の食べ物は、拡大鏡をつけて、ミキサーでくだいて、片栗粉でとろみをつけたとて、小さな引っ掛かりを完璧に取ることはできないこと。
今の母の状態では、目に見えない小さな引っかかりも、喉に引っかかり、咳が出て、血圧が上がり、途端にまた入院となるだろう。ネットで探すと、介護とろみ食というのがみつかった。こういうのを食べさせるほうが安全なのだろう。色々試してみようと思う。母が退院してきたら、介護の次の段階に進む。
在宅だと私が母に食事を食べさせるから、母の時間に自由にあわせられるので、施設や病院よりは栄養摂取量は増えると思う。ただ、毎日高齢者のペースにあわせて根気強く食べさせるには、労力が必要で、2週間毎日これを繰り返すと、私も疲労困憊となる。結果的に、ショートステイは、私も休息できて一番いい方法。これから先は、在宅介護では、訪問介護師さんもお願いして、痰の吸引も手伝っていただくことになる。いろいろな人に助けていただくことが増えていく。
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毎日の見舞いでは、なるべく母の痴呆が進まぬように、母の手を握り、目をみて話しかける。時々、母の視線がずれたまま、ぼっとして動かないから、話をするときには、母の意識が現実にもどるように、母の目を覗き込んで視線をあわせるようにする。そうすると母も私の目をじっとみる。
あるときにこんなふうに思った。
こうして何の抵抗もできないただ純粋な生命こそがもっと大切にされるべきだし、そういう時代になって行くべきだと。
権力や富や名声を中心に人は翻弄されすぎている。これからも、そういったことがなくなるとはいえない。
けれど、目覚めた人々の意識は、翻弄されすぎていたエネルギーの使い方に気づいて、よりよい価値観にゆっくり反転するだろう。
わかる人にしかみえない世界が、反転された世界に浮き出てくるときなのだと思う。
もともと、とてもおおらかで、忍耐強く、子供に感情的な怒りをぶつけるようなことをしない母だったが、今こうして、なんの力も持たない、なんの抵抗もできない、母の純粋な目をみて教えられたことは、ほんとうにたくさんある。
感情を他責にすることほど、エゴの誇張だった。
自己責任を見つめ、その原因を紐解くために内省し、解放する時間が不充分だったと気づくことができないような忙殺された時には、いずれ浄化のタイミングがやってくる。
もっと冷静に、もっとやさしくなろう。
病んでいる人が増えれば、世界も病むし、目覚める人が増えれば、世界も目覚める。
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