写メと家と生活
黙して語らずを好む方もいらっしゃいますが、私は、ただ降りてきたことをひたすら書くのが趣味で、若い頃からブログと日記を書いています。浄化すきで、日記は何度か燃やしてしまい、ブログは何度もサイト引越して、以前書いたブログは閉じて削除するのを繰り返しています。
家の引越し回数も多く、仕事では、名刺も何度も変えたり、変化が性質の一部でした。飽きっぽいとも言われますが、四柱推命で、駅馬という星が4つもあり、これは変化をあらわすそうで、これも性質なのだと納得しました。人のおかしな部分は、性質の一部でもあると思います。駅馬をひさしぶりに思い出して、 PCでひさしぶりに四柱推命をみてみました。今年はいったいどういう意味の年かを調べて、ジェミニに聞いてみると、丁寧に教えてくれました (笑 )ただ、占いはもう必要ないこともわかりました。久しぶりにこういうことをしてみたのですが、外の情報の雑念、ムダな期待や不安が増えるだけですね。
ときに占いは客観視するいい材料になりますが、自分の意識からは、すこしブレるかもしれません。
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携帯の写メはいかにも上手にとれたようにうつることが多いです。それをSNSの小さな画面でみると、なおさらそう思いがちです。私の場合は、写メでとって雰囲気良く撮れたなと思ったときに、その光景を実際にカメラで同じようにとってパソコンで確認すると、たいていの場合まったく思うようには撮れていないとわかります。
教えてもらったカメラの使い方をよく把握しないまま、勢いで撮っているという原因も大きく、さらには、デジカメの小さな画面でみるとうまく撮れているような気がするだけなのです。
昔は仕事の現場では、ポラロイドをみて編集者さんとカメラマンとページ構成を考える時間がとても楽しく、いらないポラをいただいて、現場で作った構成をノートに貼る時間が楽しみでした。それが実際に紙面になるのを待つ時間もとても楽しかったのです。けれど、デジタルになってから、その楽しみが心の中から消えてしまい、ファッション写真へのトキメキも消えていきました。デジタルの画面をみても、どの写真がいいのか、紙面になることを想像することもできなくなっていました。
写真をとることはあたりまえになり、SNSで1本の指を動かしながら、次々とながめる時代ですが、全体的なデジタル化が進むほど、写真展でオリジナルプリントをみると、プリント写真のよさも感じます。関係ない話ですが、仕事中にさすがプロのカメラマンだなと思うことの一つに、デジカメの小さな画面の中でも、どの写真が良さそうか一瞬で判断できることがあります。
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写真を撮ることや家具や家が好きな人もたくさんいますよね。
個人的には年齢とともに、素敵な洋服も、家具も、どんなに欲しいとおもっていたものでも、たくさんの人がもっているのをみると急に冷めてしまうようになりました。年齢とともに欲が薄れてたこともあるし、瞑想がすすみ、他者同一性から距離ができ自分の内と繋がりが強くなっているのではないかと思ったり。若い頃は、何を見ても強いあこがればかりで素敵だなと思う雰囲気や人のマネをたくさんさせていただいて勉強しましたが、いつからか、マネすることがどれほど自分からブレていくことか理解できるようになりました。
動画で素敵なインテリアや家を拝見することができるようにもなりました。
好きな家具がそろっている素敵なお宅をみていると、わたしは、誰もが素敵!!と思うような暮らしをしたいわけでもないこともよくわかってきました。自分たちで DIYをしたり、何かしら手入れして住んでいる家、昔から大切にしたものが置いてあるようなお家に心地よい空気感を感じます。何を持っていて、どんな家に住んでいるかより、もとめるのは、空気感。
空気が心地よく通る自然な家にすみたいです。自然な空気感のあるお宅にうかがうととても心地よくなります。具体的には、外壁は、熊野に行くたびにみる小学校で、建物の外側の木を炭焼きして黒く燻してある校舎が大好きです。それから、古くなった漆喰と木の家もいいし、渋い佇まいがとても好きです。この年齢になると家のことが気になります。
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40、50、60、、、と、それぞれにいろんな思いが生まれるものですね。
みんなの夢や思いがかなえられますように。

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