2025年最後の新月/窓拭きと梯子
旦那さんが温泉に行っている間に柏の木の剪定をしました。
代々柏の木は祖父が切り、父が切り、その後は兄が、そして旦那さんが、、、しかし今旦那さんはすこし腰痛なので、私が切ることにしました。昔の人はのこぎりですが、今は電動。電気がなくなったらいったい生活はどうなるでしょうか。庭を掃いているときにも、風飛ばしが欲しいなぁと思うような電気にたよりすぎの生活になっています。
結構バスッバスッと太い幹を切りましたが、欲をだして上に登っていくと、「怖い」と思っ瞬間があったので、このあたりでやめておこうと思いつつ、一休みすると、また切りたくなります。高所恐怖症ですが、枝切りをしているととても気持ちがよく集中しすぎてフラフラになり、いい運動です。木の枝はどんどん伸びてしまうので、まだまだ切る必要がありそうです。もっと高くのぼれる梯子があるといいなと、都内の散歩中には、枝切りをしている職人さんが使っている梯子をチェックするようになりましたが、旦那さんが購入した軽くて持ちやすいこの梯子が今の定番かもしれません。
帰省中新月と冬至をむかえます。還暦最後の月、いっけん感慨ふかい1年のように思いますが、あっという間にすぎました。心に残るような何か特別なことはあったかな?とふりかえっても、朝から晩まで介護と家事にあわただしく、平穏無事にすぎたことには感謝です。印象深かったのは、夏下田の海に入り、波で頭を打ちつけたあと、砂浜で寝ているとき、体から霊体が空に向かって抜けた幽体離脱です。何度か経験がありますが、今回は特別印象的でした。肉体は物体であり、精神は透明であるということを明確に自覚し、頻繁にその体感を思いだします。
実家では一足早く大掃除で、窓拭きをひたすらしました。掃除は好きですが、じつは窓拭きはあまり気乗りしない掃除のひとつです。なぜかというと、拭きあとがのこりやすく、完璧にきれいにするのがむずかしいからです。ですが、今回は、梯子を使って家中のすべての窓とサンをひたすら拭きました。父が建て直して30年ほどたった家。普通の家ですが、両親が大切にしていたのをみていたので、雑巾掛けをしていると不思議と「ありがとう」がとまらなくなりました。
枝切りをはじめてから梯子使いになれて、いまさらですが、家の掃除にも、小さな梯子を使うとすごく便利なことに気づきました。届かないところに楽に届いて、みえなかった場所のほこりもきれいにふけます。梯子を使ったおかげで窓拭きがとても楽しくできました。巳年、今年最後の新月は、意外な「梯子」がキーワードになりました。人生に梯子があったらいいなと。自分の人生の梯子とはなんだろう ??と自分に問いました。いつかピンとくる答えがおりてくるでしょう。実家中の窓をひたすら拭いていたら気持ちがすっきりとして、田舎の家にどう住むかのビジョンが降りてきました。やっぱり掃除はいいですね。
外側に目を向けすぎると、鬱になるような材料は山ほどあるので、ますます自分の内側に目を向けようという価値観に気づいた人たちも増えているのではないでしょうか。なによりも自分に集中することは、自分が自分とまっすぐにつながることでもあります。3次元で植えられた価値観、比較や評価をもとに生きれば、世の中には自分より素晴らしい人だらけですが、自分の人生に集中しつづければ、今ココの連続。ひたすら今ココだけになり、他のことはあまり気にならなくなります。全集中の今ココで自分にできることをひたすらにする。過去や未来を浄化して手放し、頭で考えるのはやめて、一瞬一瞬、自分自身の今とココに全集中。それが最古最良の自分を生きる一番簡単な方法。

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