休日 /ヒルマアフクリントを観る








久しぶりに数日間ひとりの時間を過ごしました。

何か観に行こうと、いくつか気になるものを検討して、近代美術館の「ヒルマ アフ クリント展」を観てきました。

わたしは、絵の中では、エネルギーの世界が描かれている抽象画の世界が一番好きなのですが、彼女こそが抽象画の先駆者だったと知りました。


ヒルマアフクリントの個展では、時々わたしが落書きしているエネルギーの絵と、 (無理に言えば )よく似てるなと感じる絵もあり、この絵はどこかで観たことあるなと感じたり、感じることがとても多い個展で、それにより、自分の抑えていた意識がフワッと浮き上がり出てきました。あらためて、波動は、時代国境も超えるのを感じましたし、

2日たち、瞑想していても、絵の波動が残っています。 (笑 )


ただ絵画鑑賞が好きで、美術の知識がないのですが、今まで女性の画家はマリーローランサンくらい だったのでしょうか ?

長い間不思議に思っていましたが、やはり歴史的背景があって女性画家の活躍が抑えられていたそうですね。

これからは女性性の時代でもあるとも聞くようになりましたし、

ようやく、絵の中のエネルギーと時代のエネルギーが共鳴したのかもしれません。


それにしても芸術の世界で多くの人は、死んでから皆世に出てきますね。

映画の中では、親戚の方が「ヒルマはここに眠っている」とお墓を指していましたが、

そこに彼女の名前はないという不思議なことにもなってもいるようです。

まだ世に出ていない人たちはどれほどたくさんいるのだろうか ?や、何百年前の絵の具の色は、鮮明に残るものなのだろうか ?どれほどの修復がされているのだろうか ?ということも毎回気になっています。


個展をみてから、帰宅してネット検索すると、ドキュメンタリーもみつけ、ピンポイントで日にちがあったので、翌日に映画も観ました。

ヒルマアフクリントは、裕福な家庭で育ち、父が海軍指揮官だったため、航海術数字に造形深く、精密な図形的な絵画も多くありました。

芸術学校を卒業し、妹の死をきっかけにスピリチュアルに傾倒。完全菜食で生涯独身、4人で5人という降霊のグループを作り降りてきたものを抽象画として描いていたのだそう。

また、神智学やシュタイナーからも学び、交流していたのだそう。

彼女は「死後20年は公開してはならない」と残していたそうです。

ヒルマアフクリントの生きた年代も、大量消費社会であり、物質から解放されたいという思いから精神世界に入って行く人は多かったのだそう。

彼女は生涯独身で、母の介護をして、その後は道路を走る電車事故の怪我があり、亡くなったそうです。生涯独身であったそうですが、ヒルマを助けていた男性はいたのだそう。

機会があれば、彼女の残している文章や、他の絵ももっとみたいなと思いました。




◎味噌つくりから

前にも書いたのですが、味噌つくりがきっかけで、天然の麹に触れはじめてから、以前よりもずっと強く身体細胞が純粋なものを吸収したいと望んでいるようで、夢にまででてきました。

生命体も、 (味噌つくりのように、 )こんな風につくられるのかもしれないと、

味噌つくりから、生命を俯瞰でみて、宇宙を感じる機会があったのですが、

今日はスレッズでみつけた動画内である先生も酵素を作る段階を宇宙空間製造法とおっしゃっていて興味深い動画でした。

 SNSも視力が弱り、ながく見ることができませんが、スレッズのアルゴリズム的 ?な精査はすごいですね。同じ意識の方がたくさん集まってお話ししています。

知らない人同士でも、意識の共有が自然とできるのは、 SNSならではだと思います。


◎毎年恒例になった三峯神社詣。

一度行って、「毎年きてくださいね」と声をかけていただき「はい」と言ったにも関わらず数年いかずにいたら、呼ばれてしまうような現象が起こり、それ以来、おまいりさせていただくようにしています。

秩父山は、縄文人住居跡があります。縄文人のエネルギーは、すごく強烈なのかもしれず、とても強い原始的なエネルギーを感じるのです。

都心から車で4時間程度かかる山奥です。それにしても、こんなに山奥にこんなに大きな神社をよく建てられたなと毎回思う場所です。

いっときはブーム絶頂で気がとてもどんよりとしていたのですが、今は人がそれほど多くありません。

3月は三峯神社。そのあと、三のつく苗字の方お2人と連絡をとりあうこととなりました。












 

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