目にみえないものはみえない/中毒と瞑想について
中毒には、酒や薬物だけではなく、情欲怒り恐れエゴイズムの中毒もあります。
これらがすべて不純物の中毒です。
怒り中毒、刺激中毒、感情中毒などなどもあります。
怒りは、特定の化学物質により始まり、心と物質の相互作用で増大し続けます。
ヴィパッサナー瞑想を実践すると、身体の内部の化学物質の流れから生まれる感覚を観察し始め、それに反応しないことができるようになって行きます。
瞑想するたびに、そのパターンから抜け出せるようになります。
瞑想参加者は、自宅でも瞑想し、日中も自分を観察することを続けます。
感覚を観察することで、心が平静さを保てるようになります。
否定を生み出し、惨めな気持ちになるのは、自分自身が何かに反応している時だけです。
感覚を観察し平静になって行くと、感情にとらわれずに行動する人生になります。
長年感情的怒りに飲まれてきた人は、自分の怒りが減って行くことに気づくでしょう。
怒りが起きても、それほど強烈でなくなり、長く続かなくなります。
また、情欲中毒になっている人も
情欲がどんどん弱くなっていることに気づくでしょう。
恐れの中毒になっている人は恐れがどんどん弱くなっていることに気づくでしょう。
不純物の種類によって、そこから抜け出すための時間が違います。
抜け出す時間がかかろうが、短時間であろうが、実践すれば効果が現れるでしょう。
アルコールや薬物を摂取しているときには、
陶酔が無知を増大させ、問題の根っこにある部分にたどり着くのに時間がかかります。
酒、薬物の中毒になると、現実を知ることができません、心には暗闇があるのです。
内側で何が起きているか、増大し続けているかを理解できません。
忍耐強く粘り強く継続することで、身体中の感覚を感じ始め、客観的観察ができるようになります。
心の深い部分で無知から抜け出し、反応から抜け出すことができます。
喫煙中毒の場合は、「少し待ちなさい」と助言します。
吸いたい衝動の事実を少し観察するのです。
吸いたい衝動があるという事実を受け入れる。それと同時に身体の感覚がある。
その感覚を観察する。
その感覚が吸うことの衝動と関係あります。それは生じては過ぎ去ります。10分15分すると、その衝動は過ぎ去ります。
これは哲学ではなく、体験できる真実です。
アルコールや薬物中毒者も同様です。
衝動が生じたときに、すぐに降参せずに、10分15分衝動が生じた事実を受け入れ、その感覚を観察します。
この観察という指示を受け入れて行くと、中毒から抜けはじめたことに気づくようになります。
10回のうち1回うまく行くとそれは素晴らしいスタートになります。
なぜなら根っこの部分が変化しはじめたからです。
習慣的な部分は根っこの部分からはじまるのです。
心の根っこの部分は体の表面感覚と強力に結びついているのです。
心と物質は相互に強く関係して、影響を与え続けています。
この法則を頭だけで理解すれば、恩恵は最小限のものになりますが、それでも、実践するきっかけになるかもしれません。ですが、本当の恩恵は実践によって生まれます。
長い道のりで、一生の仕事です。
一歩一歩進み、解脱という最終ゴールに到達するでしょう。
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