富士山とテレパシー
10年前、はじめての富士登山は、
一番簡単なルートで登りました。
(その3年後にもトライしたのですが、
天候悪く、入り口であきらめもどってきました。内心ホッとしました。 )
子供の頃から窓をあけると、
家の目の前にそびえ立っていた富士山が
いったいどんなものかを経験してみようという思いで富士山登頂体験を。
車で5合目駐車場つくと、
あたりまえのように、
富士山入口のもっと前から、
もうすでに坂道がはじまっており、
わたしは最初からずっとストック頼りの4足歩行でした。
入り口前から「ああすでに辛い。。。」と思うのです。
そして6時間半弱。
山小屋に着くころには、ほとんどの健脚な登山者に
追い抜かれていきました。
なぜわたしをそんなにみんなが抜いて行くのだろうかと
不思議なほど、老若男女関わらず
皆さんの健脚、すごいのです。
さらに運動神経の良い人は、
スニーカーを履いて、
ジョギング姿で朝軽く走って登って、
数時間でスタスタ降りて行くそうです。
わたしはあまりにもすべての人に抜かれていったので、
山小屋についてすぐに、山小屋の方に
「6時間半かかる人っていますか?」とたずねると、
「普通ですよ」と言われたのですが、
あれだけ追い抜かれてはたして普通なのだろうか。。。
途中で荷物を持てなくなってしまい、
旦那さんは自分のカメラやわざわざ持って登ったおもたい三脚にプラスして、
わたしの持ってきたカメラの他に
あらゆる荷物を持ってくれて、
申し訳ない気持ちでいっぱいに。
そして翌朝2時か3時に山小屋で起き、
さらに3−4時間歩き、
無事に朝日をみることができて、
たしかな達成感がありました。
けれど、そのすぐあと、後ろを振り返ると、
とても大きな火口口が!!
その周りを1時間かけて1周しようというのです。
「いやーそれはもう無理」
とおもいました。
もし今火口口を歩いたら、
火口口に転がり落ちそうなほど体力を使い果たしていました。
「じゃあ山を降りよう!!」となったのですが、
「えっーーくだりもあるの忘れてた!!」と笑。
富士山、
あたりまえなのですが、
登るだけじゃなくて、
くだらなければいけなかった、、、
しかも早くくだらないと暗くなるってことで、
動かない足をひきずりおろすように滑りながらくだりました。
くだり坂をすべるのも大変で、
ようやく出口についたんですが、
出口からさらに駐車場までがとおーく
あの時の辛さは今もよく思い出します。
おおげさに言っても、
あんなに大変な思いをした記憶がないというほどでした。
山登りが趣味の方々、体力のある健脚さんにとっては、
富士山はひょいと行ってさっさと帰ってくるような
簡単な山なのだそうで、
体力の差は日常ではあまりみえないですが、
体力のある皆さん、本当にすごいなとおもいました。
日本一の山、富士山は、
天国に近いけれど、
登ってみると日曜日の表参道のような人人人。
天国もこんなふうに満員なのかもしれないと思った光景でした。
不思議と、ことあるごと富士山の記憶の回想が何度もなんどもあるので、
昨日旦那に「富士山の記憶を本当によく思い出すんだよね」
と話したら、「もうすぐ行くよ、富士山に。
今ね、山小屋予約を調べてる。」と。
旦那さんの念が送られてきていたのを、
わたしが受け取っていたんだということがわかりました。
夫婦にはよくあることと思いますが、
我が家は母も旦那さんも三人ともに
テレパシーを受信して、
当たる確率はかなりのもの。
母はもうかなりボケているのですが、
かなり強い送信が得意です。
瞑想や菜食、他様々な方法の鍛錬で霊感をみがいていると、
それぞれの霊性の特徴がでてくるし、
テレパシーの受信送信も強くなっていきます。
+++
富士登山から10年経っているというのに、
10年前の一番優しいルートの山小屋がすでに満員ということで、
次に優しいルートで登ることになりました。
2番目に優しいルートと聞くと随分聞こえはいいのですが、
頭で考えると、
あのころから10年も経ってるのに、
その時よりもきびしいルートで登るのは無理だな
と思うのです。
でも、
頭で考えるのをやめると、フツフツ登る気力しかわいてきません。
何度も言いますが、体力ある健脚者からすれば、
たかが富士山なのですよ、、、。
わたしは運動神経は悪くなかったのですが、
部活をサボりやらなかったので、
持久力がなく、富士登山は1番の苦行になります。
ですが、頭を空にして、
ただ淡々と体を連れて行く鍛錬には面白さを感じます。
そうはいっても、わたしにとって山は富士山が限度です。
頭で考えるのをやめてからは、
思い浮かんだことをただやるという自動運転の生き方が楽しめるようになりました。
まだ未熟さがあり、
穏やかさ、静けさが固定されたわけではありませんが、
わたしにとっては、頭を使わずに自動運転で生きることは、
日常をただひたすら経験することで、
静かで淡々とした充実感があります。
富士登山2度目は還暦まじか記念となりそうです。
コメント
コメントを投稿