覚醒と痴呆/ 政治参加
公園でひさしぶりにカタツムリをみました。
旦那さんに写真を見せながら、
「カタツムリは人間より歴史古い大先輩だよね」
「大先輩だろうね」 調べるとカタツムリは5億年以上前。人間は30万年前。
「多分昔はもっと大きかったんじゃないか」
「昔は人間みたいに歩いていたかもね」
「人間の頭にアンテナついて後ろに丸い殻背負って歩いているような感じ ?」
と想像をふくらめすぎました。そんなことはなかったみたい。
がしかし、5億年前から子孫繁栄して生き延びているのはすごい。尊敬です。
あらためてながめるといろいろな感覚がわきおこります。
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家族兄弟夫婦友人など関係なく、個々に自由に生きる時代になりつつあるという見解、
そのふり切りかたに共鳴しました。
宇宙的にみれば個々がただただ小さな星のようなものだし何ものにも束縛される必要はないと思います。
けれど、その域に達するのに、本当に心の中でわだかまりの解消が済んで
無になっているかどうかを大切に思うのは、いまだ自浄中の私のエゴかな ?
内側のわだかまりを完全に溶いて「すべての関係はかんぜんに終了しました」というなら、すべての関係から真に自由だと思うのです。
そんな中、私は母の介護中。
以前にクンルンネイゴンを教えていただいたマックス氏が「覚醒と痴呆は紙一重」
と教えてくれたのです。
母は、痴呆がすすむうちに「ほぼ覚醒している ?」ようにみえます。
私は母の介護に関わることによって、覚醒に導いてもらっています。
母;
意志 ?というか我はまだほんのすこしあります。
それは食べることについて。
母は食事も手をほとんど動かせないので全面介助が必要です。
でも、食べたくないものにはいっさい口を開きません。
これが母に残る我です。
美味しい時には積極的に口を開け、時々、手が動いたりします。
そして、人の雰囲気なのかなんなのか、
笑顔でベラベラと話しだす時と、無関心な時もほぼまっぷたつです。
それ以外の反抗心はいっさいなくひたすら忍耐強い。
私が、母のショートステイスケジュールが思うように取れず、
すこし介護担当の方にモヤモヤ心をもった時、
母は「反発はやめさないよ」という目で、私をじーっとただただみています。
ぜんぶ見透かしているようです。そのたび、母の眼力により、
私は心のモヤモヤを見直し、きりかえ、冷静になります。
人の心をみぬく。
どんな人がいても、ただその人を観察する。
ただそれだけです。好きなことは人間観察。
嫌なこと、思うようにいかないことがあっても騒ぐこともなく、
ひたすら忍耐強い。
対人関係は、母独自のスイッチ反応なので、
理解不能なのですが、
母の芯に触れた人にのみ母なりの対応をしています。
本当に覚醒したらこんなふうにシンプルになるのかなと思います。
++++
都議選終わり、参院選。
動画を追い疲れたので、参院選は遠目からいろんな党をみるようにします。
「無関心はマズイ」と、気づきはじめた人がふえ、
SNSでも政治参加する人々が増えているように感じるし、
各党も民意を求めているように思います。
参政党やれいわの会合?を写真で見ると、人数のすごさに圧倒されます。
れいわ、参政党は次のステージに進みつつあり、再生の道ははじまったばかりです。
政党同士の争いがみえると、やっぱり政治ってキモいなーーーーと思うのですが、
それぞれの人の思想がみえて面白いです。
日本の政治、明るい方向へ進みますように!!
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